世相を読む
ニュースの記事などを、私の主観的な観点から読んでいきます。
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堀江容疑者 このままではやったもん勝ちだ

徹底抗戦の構えを見せている堀江容疑者。

弁護団も強力な布陣で来るだろう。弁護費用もかなりの額になるはずだ。

その金がどこから出てくるかといえば、粉飾決済と風説の流布により一般の投資家から巻き上げた金からだ。

このまま無罪になるようなことがあればやったもん勝ちということになってしまう。

検察にはがんばってもらいたいものだ。


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裁判官の実績が書いてある本を見つけました
いつも選挙に行ったとき、最高裁の裁判官の信任投票もするのですが、はっきり言って誰が何をしてきているのかがはっきり分からないのでそのまま信任で投票しつつ憤慨していました。
「政府から出てきたのがそのまま通るわけだから3権分立なんて絵に描いたもちみたいなものだなあ、無いよりましだけど」という感じでした。

でもあるんですね。こういう業界紙というのか、ちゃんとまとめた本というのは。
知らなかったのは私だけかもしれませんが。
珍しいので紹介しておきます。
首都圏編ってことは地方版もあるのかな?

その本はこちらです
↓↓↓↓↓↓
裁判官Who’s Who (首都圏編)

とはいえ選挙のときはやはり、誰が何の事件を担当したかと、それぞれの判決の主文が載ったリーフレットくらいは投票所にあってもいいと思うなあ。
というより、判断基準として必要だと思うなあ。




今回のマイケルジャクソン事件はなんだったんだろう。
話題のマイケルジャクソン氏の性的虐待問題が被告のマイケル氏の無罪で幕を閉じた。
詳しくは、白ではなく「黒と言い切れなかった」という判決だった。アメリカではこれを不服としている人も多いようだし、日本でも陪審員制度に問題があるのではと騒がれているようだが、真相はさておき、今回提出された証拠や提示されている状況で今回のことだけを見ると、まあ妥当な線かなという気がする。
風評や印象に傾いて、証拠能力を超えた判決が出るというのはやはり司法制度としてあってはいけないと思うからだ。

今回の事件はいったいなんだったんだろうか。
ニュースなどを見ていると、もともと起訴となった証拠は無く、被害者とその兄弟の証言だけだったということだ。そもそも有罪まで持っていくのは難しかったのではないかと思われる。

ここから類推される裏側としては、検察側は、もともとマイケル逮捕に執念を燃やしていた検事側の勇み足だった印象も受ける。もう少し裏を取るとか、証拠などを固めてから起訴すべきではなかったのだろうか。確かに他にチャンスはなさそうではあるがやはりこの状況では難しいと思われる。
(詳細は後述します)
ここだけ見ると、陪審制度を利用して力で勝利をもぎ取ろうとしたのは検察側のようにも見受けられる。

対してマイケル側は、(ここが検察には他にチャンスがなさそうということろですが)本当の被害者にはきちんとケアしていて表沙汰にはならないようになっているのではないだろうか。最近解雇されてしまったが長年仕えていたマネージャーの存在や、今回の被害者とされる少年の母親が他の有名人にもいろいろな脅しをかけて和解金をせしめようとしていた過去などを考えると、他の少年が被害にあって口止め料をせしめている話を聞いて、マイケルに脅しをかけたという推測もあながち荒唐無稽ではないと思われる。

今回の事件全体から私が受ける印象というのは、金目当てで訴えを起こした原告、そして被告がマイケル・ジャクソンというスーパースターだったことに対してマスコミが大騒ぎしていただけの単なる狂言だったのではないかということだ。
今回これで判決は確定してこれ以上操作もされないので真相は闇の中だが。


P.S.
今回の報道でもマスコミの間抜けな報道ぶりが目立ったように思われる。
アメリカで騒がれている裁判ということで陪審員制度に絡めて報道して、その制度上の不備をいろいろとコメントしている報道が多かったが、論点が明らかにずれている。証拠不十分のまま有罪とされたらそれはおかしいが、もともと証拠が無いんだから「黒と言い切れない」というのは妥当な判断ではないかと思う。
もっとしっかりしてほしいなあ。



殺人事件にみる量刑の不思議
以前、「平和時に一人殺せば殺人罪に問われるが戦争時にたくさん殺せば英雄になる」というセリフをどっかで見たことがあるが、現在世の中で起こっていることを見てみると、このちょうど真ん中のあたりに、「平和時にたくさん人を殺せば罪は軽くなる」というのがあるのではないかと思うようになってきた。きっかけとなったのは、輸入血液製剤事件、サリン事件、JR西日本の脱線事故である。

輸入血液製剤事件は、血友病患者へ投与する薬を作る過程で原材料として加熱殺菌消毒をしていない輸入血液製剤を使用して患者をエイズに感染させたというものである。当時輸入血液のエイズウィルス汚染の危険は認識されており、そのまま使えば血友病患者に感染することは予見できたとされている事件である。製造済の在庫を処分せずに使うための、利益優先と見受けられる決定である。この加熱せずに輸入血液を使用するという判断を下した帝国大学の教授は、最終的に心神喪失状態のため不起訴というのが裁判所の決定でだった。

サリン事件はオウム真理教が引き起こした地下鉄での大量虐殺事件で、当時の教祖の予言を実現させる別自分たちで事件を仕組んだものである。これは現在公判中であるが、いまだに遅々として進まず、教祖は身柄を当局に確保されている。生活と安全も確保されていると言ってもいいような状況である。

JR西日本は、福知山線の脱線事故で100人以上の死者を出した事件の会社である。この社長は、言葉を換えると、安全装置への設備投資や人的資源投資を怠って前期に会社発足以来の最高益を達成した社長である。彼は、事故の後始末をするため代表取締役社長として来期も続投すると堂々宣言している。

他にもこういう話はあると思う。
一人を殺傷するより多くを殺傷する方が罪は重いと考えるのが普通だがこれらの事実を見てみると、一人の場合は速やかに判決が下って刑に服するのに対して、多くを殺傷した場合は法に守られて、まともに刑に服してないようなことまで起こっている。
要は、平時でも多くを殺せば罪は軽くなるということが現実に起こっているということである。これは実に不自然であり、不公正なことである。
犯した罪はキッチリ問われる様になることが望まれる。



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