世相を読む
ニュースの記事などを、私の主観的な観点から読んでいきます。
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記事の正確性の大切さ。
気になったのはこの記事だ

サイパンで両陛下が慰霊、沖縄・韓国の塔にも拝礼

 【サイパン=井上茂男】戦後60年の慰霊でサイパン島を訪れている天皇、皇后両陛下は28日午前(日本時間同)、同島北部にある「中部太平洋戦没者の碑」や、多くの日本人が身を投げた「バンザイクリフ」などを回って黙とうをささげられた。

 この後、両陛下は事前に公表された日程表にない「おきなわの塔」「韓国平和記念塔」に立ち寄って拝礼された。宮内庁は「事前に発表すると拝礼が難しくなることも考えられ、発表に踏み切れなかった」と説明した。(読売新聞)



記事全文

全文の中で「スーサイドクリフ」という記述があるがこれは正確には「スイサイドクリフ」ではないだろうか。
日本語に訳すと「自殺の崖」という意味だ、戦時中ここで投身自殺を図った方やその遺族の方の気持ちを思うとやはり正確を期すべきと心ではないだろうか。
せめて反戦という記事のテーマを書くのであればその意味も書いて欲しかった。

細かい話かもしれないが、その一言に多くの人の気持ちが凝縮されて、また、そこで命を落としている方もみえるわけなのだからやはり私は性格に表現されるべきだと思う。

この一言で、なんとなく記事全体から「聞いてきたことを適当にまとめて発表しました」という印象を受けてしまいました。





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<プロジェクトX>行き過ぎ?「美談」演出
 NHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトX?挑戦者たち?」をめぐって、トラブルが相次いでいる。高校の合唱部の活躍を取り上げた5月10日放送の番組では、NHKはその後、その高校に謝罪し、番組ホームページから削除するなど、かつてない踏み込んだ対応を取った。無名の人物が障害を乗り越えて偉業を達成するまでの「美談」を描き、毎回視聴者から高い支持を得ている看板番組。一方、制作スタッフは少人数で、重圧に耐えながら番組を作っているのが実情だ。スタートから6年目を迎えてテーマのマンネリ化が指摘される中、放送回数を減らす案も浮上している。【丸山進】(毎日新聞

記事全文


感想
この記事と一連のNHKの不祥事を見ると、本来放送局として予算をかけなければいけないところでかけられず、必要の無いところに予算がついて不正が起こっているように思える。NHKは支払い拒否で大騒ぎしていたがまずこういった部分で自らの襟を正すべきである。




おのれヤフー! (怒)
やられた。

カナダGPは遅かったのでビデオにとって今日見ようかと思っていたのに。
何気にパソコンでインターネットを開いたら、出しやがりましたね。

トップページのトピックスのところに結果をそのまま。

レースを見る前に見ちゃいました。(涙)

ちょっと前までは、F1レース結果と表示されていて見る側でそれを見るかどうか選択できるようになっていて気を使ってくれるようになったなあと感心していたのに。

速報性というのは確かにネットニュースの売りなんだろうけど、深夜にやる人気スポーツの結果発表に関してはもう少し気を使ってほしいなあ。
ワールドカップみたいにメディアがどう気を使っても回りから耳に入ってくるものならまだしも。

ヤフーに抗議のメールでも送ってみようかな。

「頼むからトップページに結果をそのまま載せないでくれ」って



日本のマスコミに求めるもの
JR福知山線の事故報道を見ていてどうも日本のマスコミのレベルは低いと思わざるを得ない。
特にそう思わされたのは、ATS導入と、回復運転に対しての報道であった、この2つの事柄に関してマスコミは自分たちがこの問題に対しては素人でただ数字をとるために取材に来ているということを露呈してしまったように感じる。出てくる情報に感情的に噛み付くだけで報道の本分を全うしているとはいえないし、ジャーナリズムという部分からはかけ離れている。


具体的には、ATS導入に関しては、ATS装置があれば事故が防げたという妄信である、確かに今回の事故は防げたであろう、しかし、あくまでもこれは補助装置であって、まずはヒューマンエラーをなくす業務プロセスの構築というのが第一である。国土交通省にしても、遅々として改善を進めないJR西日本に対して、業務プロセスを見直さないと成り立たなくするハードルとして設置を強要したのであって、ATS装置は補助装置に過ぎないことを認識しなければいけない。


回復運転に関しては、あって当たり前である。
駆け込み乗車をする乗客や、その日に限って利用客が多いという状況は発生しうるので、その分の調整しろをどこかにもっていなければならないのは鉄道に詳しくない私でも容易に想像がつく。
問題は、それが安全領域のなかで通常の業務プロセスとして行われるかどうかである。これを確立することが今求められているのである。


大学の文学部を出てちょっと文章を書くのが上手いくらいではそもそも記者など務まらないということをまず認識すべきだ。また、人より正義感が強いという自負だけで記者として活動しようなどとは論外である。今回の事故で明らかになったのはやはり情報の流れ方が今までとは決定的に違ってきているということである。時間的な対応としては既にインターネットに大きく水を開けられていて、業務プロセスから見ればこの差はそう縮まるものではないだろう、自身の存在意義や存亡を掛けて、報道の質的向上を実現してもらいたいものである。




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